心がしんどかった人の話

雑記
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みなさんこんにちは!さばかん(@saba_slot)です!

先に断っておきますが、今回の話はまったくもって暗い話ではありません。同情を誘いたいわけでも僕に感情移入してほしいわけでもありません。PVガタ落ち中なのでぶっちゃけPVは欲しいですが、スロブログにこんな記事を書いてPVが取れるとも思っていません。

ではなぜわざわざ書くのか。

今、こういう状況なので結構心がしんどい人が多いと思います。そして、残念ですが間違いなくこれからもっと増えていくでしょう。

僕の経験談をお伝えして、少しでも自分が近しい状況だったり、身近にそうかもしれない人がいたら、ほんのちょっとでも参考になれば、と思ったので書かせていただきます。

一記事でまとめようと思ったのですが、かなり長くなってしまったので、結論というか伝えたいこと、一番大事なことはまた別記事でアップさせていただきます。

また、今回のまとめも最後に書いていますので、そこだけでも読んでもらえると嬉しいです。

前回の更新では僕の生い立ちについてつらつらと書かせていただきました。

兼業スロッターさばかんのこれまで
みなさんこんにちは!さばかん(@saba_slot)です!さて、皆さんにとってはとてもどうでもいいことなのですが、本ブログ、公開から3ヶ月が経ちました!3ヶ月続けられてきたのはやっぱり自分の努力の賜物だと思っています!()というの...

こんな感じで結構自分としては納得しながらありがたい環境の中で生きている僕なのですが、過去に一度うつ病の治療を行ったことがあります。

さばかんはいわゆる「うつ病患者」でした。

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うつになった経緯

僕がうつになった時期は社会人になって数年経った時でした。

前回の記事を読んでいただいた方なら分かると思うのですが、僕は自分自身がやりたい仕事が明確にあって、幸運なことに行きたかった会社とご縁があって新卒から同じ会社で勤め続けています。

なので基本的に今いる会社も会社での仕事も大好きです。その気持ちは今でも全く変わりません。給与面・福利厚生・人事など待遇面もほぼ不満はありません。社内の雰囲気もいいです。特に労務環境はここ数年で劇的に改善されています。

では、なぜそんな管理人がうつになってしまったのでしょうか。

うつになった理由

明確に「これだからうつになった」という分かりやすい答えは実はありません。色々な条件が重なり合って、会社行けないくらいめちゃくちゃしんどくなって、病院に行ったら「重度のうつです」とはっきり言われました。大事なところなので詳しくは次回の記事で書きますが「うつ」と診断された瞬間から社会的には「うつ」になります。

ではなぜ「うつ」と診断されるほどしんどくなってしまったのか。なるべく簡潔に書いていきます。

下積みを経て、ついに念願の部署に異動

僕自身仕事でやりたいことが明確でした。そしてその仕事はある程度下積みやビジネス的な素地がないとやれる仕事ではなかったので、入社後しばらくは他部署でしっかりと下積みをしていきました。

とある日、希望していた部署の偉い人に呼ばれて人事異動を告げられ、いよいよ自分がやりたかったことができると、期待も不安も最高値になっていました。

つまりは、

「自分へ過度にプレッシャーをかけている状態」

でした。やりたい仕事であってもビジネスである以上、結果が伴わなければ異動となりますし、なかなか再チャレンジの機会は得られません。

とにかく失敗できない、という気持ちが強かったです。

激務によるフィジカルの悪化

そういう精神状態で仕事を始めていきまして、もちろんいい面もたくさんありました。一生懸命やっていれば、自然と周囲も評価してくれますし、結果もある程度ついてくるようになりました。

ただ、その時の仕事(厳密にはどの仕事もだと思いますが)は終わりのない仕事でもありました。精度はどこまでも高められますし、お金のかからないアイデアで施策を打つこともできます。どこまでも働こうと思えば働ける状況でした。そして、それ以前にとてもシンプルにベースの部分で、

超激務でした。

今となってはよくもまあやっていたなと自分でも思いますが、残業月100時間は基本で、150時間200時間と何ヶ月も続く時もありました。ちなみに日本の過労死ライン(健康障害リスクが高まるとされる時間外労働時間)の定義は発症前2〜6ヶ月間に月平均80時間以上の残業、となります。そういう意味では最低4回くらい僕は死んでます。

時代の影響も大きかったと思います。今では時間外労働のルールも変わったので、即労基署案件ですが、当時は強い罰則規定もありませんでしたし、各会社での裁量が大きかった時代だと思います。

そういう時代背景でしたので、厄介なことに超激務でも周りもそうですし、上司もそうですし、仕事内容としてはやりたいことやってるし、達成感もあるしで大きく変えようとは思わなかったわけです。今振り返ると明らかに異常でしたが、「普通のこと」と捉えてしまっていました。

しかし体は正直で当然、

・朝起きられなくなる

・夜寝られなくなる

・寝られても寝すぎる

など、睡眠障害が最初に出てきました。

睡眠障害から始まるミスと自己嫌悪

なんかリゼロっぽい小見出しになりましたね…(笑) 仕事内容としてはフレックス制でした(現在はフルフレックス。フレックスはコアタイムがありますが、フルだとコアタイム自体無い、という勤務形態です)ので、厳格に9時には出社、というルールではありませんでした。出社時間自体はかなり融通が効きますし、直行直帰のケースも多かったです。

例えば、どうしても午前中体が動かない時でも午後に巻き返しが取りやすい状況でした。しかしやらなければいけないタスクは変わらないので、また深夜・早朝に仕事をし、さらに生活リズムが崩壊していく、という悪循環が起きました。

すでにこの時点で本来は何かしらの根本的な対策を取らなければいけないのですが、そのまま勤務は続きます。するとどうなるか。

・単純なミスが増える

・日中の早期解決が必要な案件が起きた時にすぐに反応できない

・ミスやレスの遅さから自己嫌悪に陥る

と実務に支障が出たり、自分自身に批判的になっていってしまいました。

とどめの一発

そういう状態でも、だましだまし仕事はなんとか続けられましたが、非常に仕事の質が低くなっていました。

そして決定的な問題が発生します。ですが、流石に詳細を書くと身バレするのでここでヤメておきます。

端的にいうと、他者からの攻撃がありました。ここで完全に心が折れました=この状態を立て直そうという意欲が完全に消えました。

経緯まとめ

ここまでを簡単にまとめますと、

1.自己へのプレッシャーと職業的な慣習による激務

2.激務による体調悪化

3.体調悪化によるミス

4.ミスによる自他からの攻撃

というステップで心身ともにボロボロになってしまいました。これでうつ病のいっちょあがりです。

※ここで冒頭でも書きましたが、もう一度お伝えしておきます。僕は同情を誘いたいわけではありません。記事を書きながら、やっぱり自分は相当に愚かだったなと改めて思っています。「かわいそう」という言葉は上位3つに入るくらい言うのも言われるのも嫌いな言葉です。

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うつ状態になるとどうなるか

書いてて結構辛くなってきたので、不謹慎を承知でふざけてスロっぽく書きますと、こうして完全にうつ状態に突入すると、激サムの自己嫌悪超高確率状態に入ります。

正常な状態だとレア役契機くらいで自己嫌悪になったり落ち込んだ気持ちになったりするものですが、うつ状態に入るとリプレイとかベルで自己嫌悪に陥ります。しかも、通常だと移行先は自己嫌悪ショートなのですが、うつ状態だと自己嫌悪ロングに格上げされます。

平気で一日中ずっと死にたいとか消えたいとか思います。

当時の日記を残していまして、この記事を書くにあたりものすごく久しぶりに読み返しましたが、ちょっとお見せできないレベルでダウナーな言葉が書き連ねられていました…。

人間って負の感情は長続きできないように作られていると思います。怒ったり、悲しんだり、落ち込んだりをずっとするのってすごく疲れるじゃないですか。体の防衛機能として、忘れたり、寝たらリセットしたり、楽しいことがあったら持ち直せたりすると思うんです。

でも、うつ状態だとその機能がストップするんですね。するともう自死への一直線です。きついです、ずっと辛いのが続くと。死んだほうが楽、当然そういう考えになります。その思考は身体的な拷問を受けた時に近いなと思います。そう、

死ぬことが最もシンプルでベストな解決策だと誤解してしまうのです。

うつを治すまで

さて、ここからはうつからどのようにして立ち直っていったかを書いていきます。

うつと診断される

僕の場合は、会社へ話したり上司から言われる前に、自分で心療内科に通いました。なぜ通ったかといいますと、

「会社や同僚に知られる前に治したかった」

からです。この時の自分の考えはかなり甘く、要は薬でなんとかしようとしたわけです。会社から勤務ストップがかかって休職扱いになってしまうとこの後のキャリアに大きな影響が出てしまいます。せっかく地元から出てきて、下積みもして、ようやくやりたいことが出来るようになったタイミングで、ドロップアウトはしたくありませんでした。

それで近所の精神科・心療内科に行くことにしました。行くまでの決心にも相当な葛藤がありましたが、ここでは割愛させていただきます。

心療内科ではうつ診断のテストがありました。インターネットでもやることが出来る簡単なテストです。

結果としては、「重度のうつです。今すぐに会社を休んでください」とお医者さんから言われました。この時点で僕は正式に「うつ病」となりました。うつは診断されて初めてうつになるんです。次の記事でここについて詳細に書く予定です。

しかし前述の通り、僕はまだ働きたかったのです。少しずつ自分で調整しながら薬も飲んで、出来れば会社には伝えずに治したい、という旨をお医者さんに伝えると、了解してもらえ、抗うつ薬と睡眠導入剤を飲む日々が始まりました。

通院から半年経っても状態は変わらず

通院から半年経っても僕の状態は良くなりませんでした。これはもう当然で、うつ状態になった原因が変わっていないからです。

そして、いよいよ状態がおかしいと感じた上司に呼び出されました。

「もう休め。明日からは会社に来なくていい。仕事のことは気にするな」

この言葉、キツいようですが、ものすごく優しい言葉でした。おそらく上司も同僚も僕の異変には気づいていて、「次の会議を休んだらストップを入れよう」など、どこかで線引きしていたんでしょう。

休職。ではなく有給休暇処理

この時は色々なことがありました。人事に今の状況を伝え、通っている病院に人事部に行ってもらい、診断書が出されました。

僕は一度実家へ帰って何の憂いもなく生活するように指示されました。親へはこの時まで自分の状態を言っていませんでしたが、この時に始めて親に伝えました。親には悲しい思いをさせてしまったなと思っています。

おとなしく実家へ帰るのですが、一つだけ僕が守りたかったのは、「休職」ではなく「有給消化」でした。どこまで社内に履歴として残るかはわかりませんが、「休職」と「有給」では天と地ほどの差があるだろうなと思いました。有給は2ヶ月分がっつりと貯まっていました。

有給期間中に絶対に持ち直す

僕はそう決めて実家へと帰っていきました。

好転

仕事を途中で完全にほったらかし、僕は実家へ1ヶ月ほど帰りました。

実家で過ごしている間は、お医者さんからの指示もあり次の行動を取っていました。

・朝規則正しく起きる

・夜も規則正しく寝る

・食事は3回しっかり摂る(食生活も崩壊していました。外食かコンビニで1食だけだったり、時には暴飲暴食したり、とてもひどい状態でした)

・毎日一回は外に出て散歩する(実はこれが最初相当きつかったです。終盤は一歩も外に出たくなくなっていました)

・外に出られるようになったら行動範囲と時間を広げる。(15分の散歩から、2時間くらい図書館で読書する、みたいな感じです)

・仕事のメールは一切見ないし、仕事のことを考えない。(気になっても絶対に見てはいけないというルールでした。物理的に会社のシステムにアクセスできないようにしてくれていました)

確かこのような感じだったと思います。

要は規則正しい生活をする、それだけです。

これが強烈に効きました。

頭の中から余計なものを一切排除して、健康的な生活を送る。これが僕の場合の最大の解決策でした。

もう何したくない、外も出たくない、人にも会いたくないし、電話もメールもしたくない、そんな状態だったのですが、1ヶ月その生活をしていくうちに、自然と睡眠問題も解消されていき、自己嫌悪の数も減っていきました。

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復帰準備

1ヶ月でかなり状態がよくなった僕は、再び東京へ戻り、残りの1ヶ月間を一人で規則正しい生活を送るように訓練していきました。ここは比較的スムーズに一人で行えるようになりました。

日々をしっかり規則正しく暮らし、毎日の生活をメモし、病院と会社へ提出していく日々です。

途中で人事とはやり取りを常に行っていて、お医者さんから復帰可能と診断されれば、仕事へ戻ることが出来ましたので、変な言い方ですが、ここはもう全力で休みました。一生懸命休みました。

無事に会社と病院へのレポートを書いていき、生活も改善していった僕は晴れて有給期間中の休暇のみで職場復帰となりました。

復帰後の訓練

復帰後は、

・会社に定刻に出社する

・電話の取次

などとても簡単なことからはじめて、一ヶ月間続けていき、社内で問題なしの判断を受けて、社内でも健康的な生活が送れる別部署への配属となり、実務復帰となりました。

ただ、僕の場合は電話アレルギーになっていました。電話が怖いんです。とどめの一発の項目で書いた決定打が電話だったこともあったり、電話って基本的に急を要するケースが多かったり、電話はとてもストレスがかかるコミュニケーションだったんです。

少しずつ少しずつ元の状態に戻していくのに、やはり1ヶ月はしっかり必要だったなと今振り返っても思います。

その後

と、ここまでが通院開始からおよそ7ヶ月くらいの出来事です。うつと付き合っていく中で、キツかったタイミングはいくつかありました。

・発症(とどめの一発)後

・通院〜休むまで

はやはりキツかったです。ただ、個人的にここから書く部分も相当にキツかったです。

・復帰〜断薬

会社に復帰してから完全に断薬するまで、およそ1年6ヶ月の期間を要しました。都合、2年3ヶ月くらいの通院生活で、診断前のうつ状態も入れると約3年間苦しい期間を過ごしていました。

もちろん自分の心身のコントロールもキツかったのですが、薬を飲まなくてよい状態にもっていくことがとてもとても辛かったです。ここからはうつと薬について書いていきます。

今回の記事で一番伝えたいことです。

うつの仕組みと薬と断薬

この項目、かなり大事です。

そもそも「うつ」というのは、実はとてもシンプルで「脳や神経がエラーを起こしている状態」です。「心がしんどい」という表現をタイトルでさせていただきましたが、本当はちゃんと科学的な根拠がある病気なんです。僕自身も発症し正しく理解するまでは、気分的なものだったり、性格的なものに由来している、うまく言えませんがファジーな病気だと思っていました。

でも、違います。誰にでも起こりうる病気です。

うつになる仕組み

うつになる原因は諸説あるそうですが、最も主流になっている考え方は、

脳内の神経伝達物質である「セロトニン」不足によって起きる

と言われています。(実はこの説は製薬会社の思惑とかあるらしいのですが、そういうこと言い出すとキリがないので、ここではそう定義させてください)

セロトニンとは、睡眠や精神安定にかかわる物質で、不足すると睡眠障害や不安感などマイナスの精神症状に陥りやすくなります。そしてこのセロトニンは、乱れた睡眠・バランスの悪い食事・過度なストレス・運動不足により低下していきます。

そう、僕がここまで長々書いてきた自分の行動や経験はまさにこのセロトニン不足を誘引することだらけでした。

うつとは体のバランスが崩れ、セロトニンがうまく機能していない状態、と言い換えられます。

抗うつ薬の仕組み

抗うつ薬は上記のセロトニンに影響を与える薬です。神経のバランスが崩れ、セロトニンの本来の効果が低下しているところを、無理くり元のレベルまで引き上げる作用があります。

脳や神経に直接作用するわけです。どう考えてもヤバい薬です。

この薬の使用感は個人により様々です。あくまで僕の経験を下記します。

■不安感がなくなる

不思議なもので、多少ストレスになることがあっても「まあいいか」という気分になります。一見よい作用のように見えますが、怖い部分もあり、楽観的になるというより僕の場合は無関心に近い状態になりました。

同時に、ポジティブな感情もかなりカットされました。

ここでスロット風に例えると、コイン単価が高かったのが低くなった感じです。

…。分かりづらいですね…。

要は僕の場合感情の上下の幅がカットされました。何があってもそんなに嬉しくないし、そんなに悲しくない。そういう状態です。

■性欲が完全になくなった

実は当時付き合っていた彼女がいたのですが(闘病も支えてくれました。人生の恩人の一人です)、わずかながら残っていた性欲も薬を飲みだすことで完全にゼロになりました。

■記憶力が低下

常にボーッとした感覚になりました。合わせて、とても忘れっぽかったです。

余談ですが、実は僕はこのうつ期間の記憶がかなり薄いです。思い出したくないという自己防衛機能かもしれませんし、薬の効果かもしれません。それぞれの大きな出来事は覚えているのですが、細々としたことは他の期間と比べて明らかに記憶が抜けていることが多いです。

妻や友人に「あの時こういうことあったよね」「あの時さばかんはこう言ってたよね」と言われても全く記憶にありません。

こういう作用が僕にはありました。これらの影響があり、「不安感を下げる」ことには確実に効果があったと感じています。変な言い方ですし、誤解を生むかもしれませんが、ロボットになったような感覚でした。

ちなみに僕が飲んでいた薬は「ジェイゾロフト」という比較的マイルドな薬でしたが、それでも効果は強く感じました。正直、僕の症状はまだ軽い方だったと思います。環境要因が強く影響して発症したケースだからかもしれません。より重い方は症状も重ければ、薬の副作用もより強いと思います。

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睡眠導入剤について

僕は抗うつ薬の他に睡眠導入剤も合わせて飲んでいました。こちらについては今回割愛させていただきます。

ただ、こちらも抗うつ薬同様、脳にダイレクトに影響を与えるヤバい薬であることを理解してもらえると嬉しいです。

断薬と離脱症状について

普通に仕事をすることが出来始めてからも僕はまだ薬を飲み続けていました。完治したから復帰したというわけではなく、「うつ」と付き合いながら仕事をすることが出来る、という状態でした。

復帰後は薬の量を増やしたり減ったりさせながら、徐々に薬のない生活へ向けて体を慣らしていきました。

これが最後の地獄でした。

睡眠導入剤を抜いていく作業もキツいはキツかったのですが、普通にしっかり体を疲れさせてお酒も飲まず、規則正しい生活リズムを守ることができれば、睡眠習慣を取り戻すことはそこまで苦ではありませんでした。(あくまで比較論です。夜中何度も覚醒したり悪夢を見るなど、これはこれでかなりキツかったです)

問題は抗うつ薬でした。

薬を減らしていく過程の中で様々な離脱症状が出ました。

・目眩

突然目の前がぐるぐると回りだしたり、ふらついたりすることがありました。よって、薬を飲んだり抜いていく期間中は車の運転は一切しませんでした。電車のホームもできるだけ中央を歩いていました。

・耳鳴り

シャンシャンという高音で非常にストレスになる耳鳴りがありました。叫びたいくらいのストレスでしたし、実際に家で一人の時は悶えていました。

・手足の反射

肘が急に上がったり、指が震えたりと無自覚での体の反射がありました。これも少しだったら笑えるのですが、しょっちゅうあるとストレス極まりなかったです。

・動悸

狭い飲食店などで数人が大声で騒いでいると、動悸がしていました。通常だと、うるさいなーくらいのものですが、店にいられなくなるほどの不快感でした。

・悪夢

怖い夢ばかり見ていました。妙にリアルなものもあればフィクションめいたホラーもあり、睡眠は体を休めるものではなく、不快感に怯えながら取るものになっていました。

 

ざっと思い出すだけでもこれくらいありました。薬の量を減らし、離脱症状が出て、また薬の量を増やしてという作業を1年6ヶ月も繰り返していました。

途中でもう一生薬は手放せないと絶望することがありましたが、今では一切の薬を飲まずにもう5年は生活出来ています。

なお、最終的な断薬については、絶対に真似しないでほしいのですが、僕の場合は通院をヤメて強制的に終わらせました。1,2ヶ月はめっちゃくちゃキツかったですが、いつの間にか全く離脱症状がなく、薬が抜けていることに気づけた瞬間は本当に嬉しかったです。

今回のまとめ

結局またしてもまとまりのない形になってしまいすいません。今回、何が言いたいかというと、

・うつは心の病気ではなく、脳と神経の病気

・誰でもなる可能性がある病気

・解決策は思ったよりシンプル

・抗うつ薬はヤバい薬

・断薬は地獄

ということです。

誰でもなっちゃうし、飲む薬はヤバいし、離脱症状は超きついということです。

でも救いがあります。治し方は簡単なことです。

社会的な要因や個人的な環境でなかなか治す態勢に入れないだけで、正しい知識を持って環境さえ整えばこの病気とは戦えます。

そういったことを今回お伝えしたかったです。

次回こそ本当にラストになります。ご興味ある方はお付き合いください。早く稼働記事に戻りたいです笑

あ、今回もひとつ書き忘れていました。当時支えてくれた彼女は今の妻です。

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